大阪高等裁判所 昭和56年(行コ)37号 判決 1984年3月29日
兵庫県川西市花屋敷二丁目五番二五号
控訴人
杉立貞之助
右訴訟代理人弁護士
仲武
大阪府東大阪市永和二丁目三番八号
被控訴人
東大阪税務署長
中西久司
右訴訟代理人弁護士
丸尾芳郎
右訴訟復代理人弁護士
阿部幸孝
右指定代理人
井筒宏成
同
中野英正
同
武宮匡男
同
葛田貫
右当事者間の所得税更正処分等取消請求控訴事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
一 当事者の求めた裁判
1 控訴の趣旨
(一) 原判決を取り消す。
(二) 控訴人の昭和四八年分所得税について被控訴人が昭和五二年三月一〇日付でなした更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分をいずれも取り消す。
(三) 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
2 控訴の趣旨に対する答弁
主文と同旨。
二 当事者の主張
次のとおり付加するほかは、原判決事実摘示のとおり(ただし、原判決二枚目裏八行目の「同四八年三月一日」を「昭和四七年九月二〇」と改め、同三枚目表九行目の「昭和四八年三月一日」を削除し、同一一行目の末尾に続けて「右売却の日は昭和四八年三月一日である。」を挿入する。)であるから、これを引用する。
1 控訴人の当審における主張
(一) 控訴人は昭和四七年九月二〇日南大阪住宅株式会社に対し、大阪市大淀区豊崎東通二丁目六三番五の宅地一六五坪五合(以下「本件土地」という。)を売り渡し、同月二二日所有権移転登記を経由したが、同年中に右代金の支払がなかったため、同年分の所得として申告しなかったところ、昭和四八年分の所得申告に際し税理士から右代金については直ちに申告しなければならないとの指摘を受け、同年分の譲渡所得としてその申告をしたものである。本件更正処分は右譲渡所得が昭和四八年に発生したものとして同年分確定申告に対してなされたものであるが、同年には前記売買はなされてなく、したがって、同年中に右売買に基づく譲渡所得の発生していないことは明らかであるから、右更正処分は違法でありその取消を免れない。
(二) 不二版工業株式会社に対する本件土地の立退料は、仮にその支払が未だなされていないとしても、既に支払約定が確定している以上、所得税法三六条所定の権利確定主義により、同法三七条に従い当然譲渡費用として扱われなければならない。
(三) 不二版工業株式会社は昭和三九年一二月二九日約一億五〇〇〇万円の負債により大阪地方裁判所に会社更生の申立をし、事実上倒産したが、控訴人が同社の右債務を保証することにより、債権者の了承を得ることができたので、右申立を取り下げ営業を継続することとなったのである。したがって、控訴人の保証は同社が支払不能となり、求償権の行使が不能であることを知ったうえのものではない。
(四) 不二版工業株式会社は人員の整理・販売範囲の縮小等減量経営に徹すれば営業の継続は可能であったところ、控訴人は同社の代表取締役として漫然と従前の規模のままの経営を継続した重大な過失によって債務超過のため同社の債権者に対し債務の支払ができなくなり同人らに損害を与えたのであるから、商法二六六条の三により右債権者に対し損害賠償責任を負うに至ったのである。控訴人は右債務の支払のため本件土地を売却し、その代金の中から右債務を支払ったのであるから、右代金から支払債務額を控除したものが控訴人の譲渡所得である。
2 被控訴人の当審における主張
(一) 本件土地譲渡の日は昭和四八年三月一日であり、控訴人の主張は失当である。控訴人が昭和四七年九月二二日に南大阪住宅株式会社に対し本件土地の所有権移転登記を経由したのは、売買契約書に明記してあるとおり、同社が本件土地上に分譲住宅を建築してこれを売り出す際の売買説明書に記入する必要があったからであり、右契約書にも実質取引日を昭和四八年三月一日とする旨記載されている。控訴人はまた譲渡所得に対する課税を一年遅らせる利益を考えて実質取引の日を右のとおり定めているのである。
控訴人は確定申告、異議申立、審査請求のいずれの段階においても、すべて譲渡の日が昭和三八年四月一日であることを認め、また、原審における本人尋問の際にも、譲渡の日は昭和四八年三月一日であると供述していたにもかかわらず、第一審で敗訴後既に昭和四七年の課税については消滅時効が完成したころを見計らい突如右譲渡による所得は昭和四七年に帰属する旨主張するのであって、この主張は信義則に反し、禁反言の法理に照らしても許されるべきでない。
(二) 控訴人は、立退料は未払であっても支払約定が確定している以上譲渡費用となり、本件土地の譲渡利益から控除されるべきである旨主張するが、右支払の約定を記載した書面(甲第一〇号証の五)は、本件土地売買による課税を免れるために作成されたもので、その内容は信用できず、結局右約定は存在しないから、右主張は失当である。
(三) また控訴人は、控訴人が不二版工業株式会社の債権者に対し同社の債務を保証したのは、同社に対する求償権の行使が不能となる前であり、したがって右不能を知ってなしたものではない旨主張するが、仮に右主張のとおりであるとしても、控訴人は右求償権の行使が不能となる前に保証債務を履行したものでないから、右主張は被控訴人のこの点に関する主張を左右するものでない。
(四) 更に控訴人は、控訴人が本件土地を売却せざるをえなくなったのは商法二六六条の三の取締役としての損害賠償責任を負うに至ったためであり、このような場合にも所得税法六四条二項の適用がある旨主張するが、控訴人がいかなる行為によっていかなる者にどのような損害を与えたか明らかでないので、控訴人が同法条によって損害賠償義務を負い、その義務を履行したものとは認められない。
仮に、控訴人が右損害賠償義務を負い、これを履行したとしても、この履行によって他のいかなる取締役に対し、いかなる求償権が発生したか明らかでない。控訴人が右履行によって他の取締役に対し求償権を得るに至らないのであれば、右履行には当らないものといわなければならない。
(五) 所得税法六四条二項は「保証債務を履行するため資産の譲渡があった場合」と定められており、資産の譲渡と保証債務の履行との間に因果関係がなければならず、譲渡代金によって保証債務を履行することが要件である。しかるに、本件において譲渡代金は譲渡の日から七年以上経過した時点においてもなお支払われていないのであるから、同法条適用の要件を欠いている。したがって、本件土地の譲渡による保証債務の履行が保証契約に基づいてなされたものであろうと、商法二六六条の三に基づいてなされたものであろうと、個々の内容を検討するまでもなく、譲渡代金が未だ支払われていないという事実のみによって所得税法六四条二項の適用は否定されなければならない。
三 証拠関係
次のとおり付加するほかは、原判決事実中証拠関係部分摘示のとおりであるから、これを引用する。
1 控訴人
(一) 甲第一七、第一八号証、第一九号証の一ないし九、第二〇、第二一号証。
(二) 当審における控訴人本人。
(三) 乙第一三ないし第一五号証の成立は認める、検乙第一号証の一ないし六は原本の存在とその成立を認める。
2 被控訴人
(一) 乙第一三ないし第一五号証、検乙第一号証の一ないし六。
(二) 甲第一七、第一八号証、第一九号証の一、六ないし九の成立は認める、第一九号証の二は原本の存在とその成立を認める、第一九号証の五は原本の存在とその成立とも不知、第一九号証の三、四、第二〇、第二一号証の成立は不知。
理由
一 請求原因1の事実は当事者間に争いがない。
二 そこで、右更正処分及び賦課決定処分(以下「本件各処分」という。)に違法な点があるか否かについて判断する。
1 控訴人が本件土地を南大阪住宅株式会社に代金四八〇〇万円で売却したことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第一〇号証の一、乙第一号証の一ないし三、原審における控訴人本人尋問の結果によると、右売却の日は昭和四八年三月一日であることが認められる。
控訴人は、右売却の日は昭和四七年九月二〇日であるから、右売却利益を昭和四八年分の譲渡所得とした本件各処分は課税年度を誤った違法がある旨主張し、成立に争いのない甲第一七号証によると、右売却については昭和四七年九月二〇日売買を原因として同月二二日受付をもって所有権移転登記が経由されており、また、当審における控訴人本人尋問の結果中には右主張に沿う供述部分がある。しかしながら、前掲甲第一〇号証の一及び原審における控訴人本人尋問の結果によると、本件土地売買の話合いは昭和四七年九月二〇日ころには成立していたが、右代金の支払は買受人である南大阪住宅株式会社がその地上に建築する分譲住宅の売却代金の中からこれをなすこととされていたことから、効力発生の日を昭和四八年三月一日と定めて売買契約が締結されたものであるところ、同社の売り出す分譲住宅の説明書に敷地である本件土地の所有者を同社として記載する必要上、所有権移転登記を前記認定のとおり早期に経由したことが認められるのであるから、控訴人の右主張に沿う前掲各証拠をもってしても直ちに右主張事実はこれを認め難いものといわなければならない。そして、他に前記認定を左右するに足りる証拠もない。
また仮に、右売買の日が控訴人主張のとおりであるとしても、前掲乙第一号証の一ないし三、原審における控訴人本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によると、控訴人は確定申告、異議申立、審査請求の各段階において、すべて右売買に基づく譲渡所得発生の日は昭和四八年三月一日であると主張し、原審における本人尋問の際にもそのように供述していた事実が認められ、かつ、右売買の日が控訴人主張のとおりであるとすれば既に右譲渡所得に対する課税については消滅時効の完成している事実が認められることからすると、控訴人が右時効の完成後突如として従前の主張を翻すことは著しく信義則に反し、また、禁反言の法理にももとり許されないものというべきである。したがって、いずれにしても控訴人の右主張は採用するに由ないものである。
2 次に、前掲乙第一号証の一ないし三によると、控訴人が昭和四八年分の所得税について原判決別表(一)記載の確定申告額欄のとおり確定申告をなし、このうち本件土地の譲渡による分離長期譲渡所得について譲渡に要した費用四三七九万〇〇一〇円の内訳を後記(一)ないし(三)のとおりとしたうえで原判決別表(二)記載の確定申告額欄のとおり申告していることが認められる。
(一) 不二版工業株式会社に対する本件土地立退料
一〇〇〇万円
(二) 同社の旧債に対する個人保証額
四七九万〇〇一〇円
(三) 同社他従業員の退職金に対する個人保証額
二九〇〇万円
3 そこで、右2の(一)の立退料支払の有無について検討するに、その支払の事実はこれを認めるに足りる証拠がない。
ところで、控訴人は、仮に右立退料の支払が未了であったとしても、支払の約定が確定している以上、譲渡費用となり、本件土地の譲渡利益から控除すべきである旨主張するので検討するに、成立に争いのない甲第一〇号証の五(乙第一号証の六も同じ。)中には、控訴人が昭和四七年一月一〇日付立退料支払約定書と題する書面により不二版工業株式会社及びサクラデュプロケーター株式会社に立退料一〇〇〇万円を支払う旨約諾した記載があるが、その記載内容の信用し難いことは原判決理由中の該当部分に説示のとおり(原判決七枚目裏八・九行目の「しかし」から同八枚目表六行目末尾まで。ただし、右末尾の「信用できず、」を「信用できない。」と改める。)であるから、これを引用する。そして他に立退料支払の合意を認めるに足りる証拠もないから、右主張も採用できない。
4 次に、前記2の(二)及び(三)の各支出が本件土地の譲渡に要した費用に該当しないことは、各費目及び控訴人の主張自体から明らかであるところ、控訴人は右各支出について所得税法六四条二項が適用されるべきである旨主張するので検討するに、同条同項は「保証債務を履行するため資産の譲渡があった場合」と定められているのであるから、右資産の譲渡代金によって保証債務が履行された場合に限って同条同項の適用があることは明らかであって、右資産の譲渡代金以外の金員をもって保証債務が履行されたとしても、右適用はないものといわなければならない。ところで、成立に争いのない乙第三号証の二、第四号証の三、五及び原・当審における控訴人本人尋問の結果によると、本件土地の売買代金は未だ南大阪住宅株式会社から控訴人に対して支払われてなく、同社の買掛金として未払のまま残存している事実が認められるのであるから、前記2の(二)及び(三)の各支出については所得税法六四条二項適用の要件を欠いているものと認めることができる。したがって、右主張は各支出の有無及びその性質について判断するまでもなく採用できないものというべきである。
5 してみると、本件土地の売却による控訴人の所得につき、控訴人主張の各支出を控除することなく、これを昭和四八年分の譲渡所得としてなした本件各処分にはなんらの違法もないものと認められる。
三 以上の次第であるから、本件各処分の違法を理由にその取消を求める控訴人の本訴請求は失当として棄却すべきである。
四 よって、右と同旨の原判決は相当で、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 石井玄 裁判官 高田政彦 裁判官 礒尾正)